中国五台山のお寺めぐりその5(霊境寺)

引き続き五台山のお寺めぐり記事です。

2016年5月4日に五台山入り、5月5日中に10軒のお寺をまわった次の日の5月6日。本来なら五台山に2泊して5月6日は半日ほど何軒かお寺を見た後に大同へ移動しようと思っていた。しかしながら、まだまだ数多くの見どころがあるようなので、1泊延長してこの日は丸一日お寺めぐりをすることにした。

この日まず向かったのは霊境寺だ。五台山中心部よりかなり離れた場所にある。

今回は霊境寺の概要と行き方、現在の様子を紹介する。

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霊境寺の概要

霊境寺(中国語:灵境寺 Língjìngsì)は北魏孝文帝の時代471年に創建された。五台山の中心部より南西に30kmほど離れた場所にある。公共の交通機関もなくアクセスも不便なので、普通の五台山観光なら行く必要はないかもしれないが、日本の僧に関係するので「日本人なら見ておきたい」と思い、行ってみた。

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五台山に来た日本の僧といえば平安時代の円仁が有名であるが、実は五台山に日本から初めて来た僧は霊仙である。

霊仙は804年の第18次遣唐使として最澄・空海・橘逸勢とともに入唐した。長安で仏典の翻訳(サンスクリット語→漢語)にあたるなどで功績をあげ、時の皇帝・憲宗の寵愛を受けた。このとき、日本人で唯一「三蔵」の称号を授かっている。憲宗が反仏教徒に暗殺されると、迫害を恐れて五台山・霊境寺へと逃れる。霊境寺に隠遁する間、日本へ経典を送るなどの活動もしたが、この地で最期を迎えた。何者かに毒殺されたとの説もある。

唐の時代にそのようなドラマのあった寺院。現在もあるとのことで行ってみることとした。

霊境寺への道

霊境寺へのアクセスは公共の交通機関はないため、車をチャーターする以外に方法はない。この日(2016年5月6日)は宿の主人の車で行くこととした。チャーター費用は300元である。

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この日は曇りで肌寒い一日となった。五台山中心部にある宿から南西へと向かう。途中で五台山風景名勝区を出る。名勝区から出る時に写真の高速道路の料金所のようなところで名前を書いておく必要がある。そうしないとまた戻ってくる時に入山料を払わなくてはならないのだ。

ここで2枚綴りの紙に名前と身分証番号(パスポート番号)・乗ってきた車のナンバーを書いておく。複写式になっていて、1枚は自分控えだ。戻ってくる時に渡せば入山料を再度払うことなく入ることができる。

運転手として来た宿の主人は特に何も手続きしてなかったので「あなたは何もする必要がないのか」と聞くと、「说五台山话就可以,听口音就知道他是五台山人(五台山方言を話せば大丈夫だ。訛りを聞けばその人が五台山の人ってことがわかるよ)」との答え。なるほど風景名勝区の中に住んでいる人は、顔パスならぬ訛りパスで通過できるとのことだ(笑)。

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南台頂へ行く道に入る。南台頂行きの道はロープが張ってあり、自家用車で来た観光客は足止めされていた。私たちは運転手がごにょごにょと話すと中に入れてくれた。本当かどうかわからないが、宿の主人が「ここはオレの同級生がいるから入れるんだ」と言っていた。ここからはこのような舗装されていない砂利道をずんずんとのぼっていく。

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そしてこの砂利道に入ったあたりで運転手が迷い出す(笑)。「いやー、実は2回くらいしか来たことないんだよ」とのこと。宿の主人のお父さんがより詳しいそうで、電話でお父さんに聞いたりナビに頼ったりしてなんとかルートを修正していく。

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ハンドル操作を誤ると奈落の底に落ちて行ってしまいそうな道をひたすら走る。途中でキジを見かけた。

ある程度のぼってから徐々に山をおり、平らな場所に出る。そこで、遠くから自家用車で来た観光客らの車とすれ違う。彼らはこれから五台山へ行くようだが、ナビの案内に従って運転してきたら、周りがどんどん変なところになってきて不安になったそうだ。彼らが宿の主人にいろいろと質問していたので、少し足止めをくらう。

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平地を進むと集落が見えてくる。かなりの寒村だ。大都市近郊の郊外にある農村を見て中国の農村を知った気になっていたが、正直言ってここまでの限界集落は初めて見た。天気も曇っていたので、余計に寂れて見えた。

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集落をいくつか抜けると、左側に寺院らしき建物が見えてきた。これこそが目的の霊境寺だ。

現在の霊境寺の様子

寺院の入口らしき場所で車を降りた。

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壁にスプレーで「灵境寺」と書かれており、寺院の門かと思ったが、ここは集落の門であった。

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門の裏側はこのようになっている。

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門を抜けると、寺院の入口らしき獅子像が見えてくる。

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確かに寺院の入口である。しかし、鍵が閉まっていて中には入れない。

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しばし寺院の周辺の集落を歩いてみる。今にも朽ち果てそうな小屋などが見えるが、どうも人が見えてこない。

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さっきの寺院の入口の前あたりに戻ってくると、人が通りかかったので、宿の主人が中に入れないか聞いてみた。すると、1つ門が開いているとのこと。鍵がかかっているように見えたが、ノブを回転させると簡単に門が開いた。

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中に入ると見えてきた南無阿弥陀仏カー。

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天王殿であろうか、この建物をとおり境内の中へ入っていく。

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本堂の全景はこのようになっている。右側に東方三聖殿、左側に西方三聖殿、正面に華厳三聖殿が建つ。

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まずは右側の東方三聖殿に入ってみる。中ではDVD再生機に電源が入っており、お経の歌が流れていた。仏像が3体ある。次に西方三聖殿へと入ってみた。

この西方三聖殿の中に霊仙三蔵の仏像があった。中心に何菩薩か忘れたが大きな仏像があり、その右側に霊仙三蔵の仏像、左側に達磨大師の仏像があった。どういうわけか霊仙三蔵の仏像は2体あった。達磨大師の仏像は雪舟の絵柄にそっくりで、穴に向かって禅を組む様子を再現した造形となっており、向きも斜め後ろを向いた珍しい仏像であった。

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霊仙三蔵の仏像の下には日本人の方の名前が彫られた石壇が置かれていた。霊仙三蔵の仏像の横にはどこか別の場所の仏像写真が額に飾られていた。その写真の仏像は滋賀県大津市河南小学校にある霊仙の仏像だと書かれていた。

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本堂の後ろには居室らしき建物があったが、特に誰かが住んでいる気配はなかった。

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本堂の裏にはトイレ(ただの穴と壁)があったので用を足しておく。裏から出てくると、この建物の中から1人の尼僧が出てきた。

尼僧としばし話をする。この寺院には今は3人の僧が住み込んでいるそうだ。1人は入院しているので実質住んでいるのは2人とのこと。しきりに「没什么招待(何の接待もできなくて)」というようなことを言っていた。話している間中、放し飼いの犬が人なつっこく飛びかかってくる。中国では狂犬病の心配があるので不安だったが、特に人を噛むようなことはなかった。

五台山は曇りになると相当に気温が下がる。それを知らず、この日はさほど厚着もしてこなかった。もう少し尼僧さんと話をしてみたかったが、寒さもあったので30分ほどの滞在でその場を後にした。尼僧は「これからトウモロコシを植えなきゃね」と言っていた。

なお、日本の信徒の方により建てられた青白玉霊塔がこの霊境寺内にある、とのことを後で知った。今回行った時には気づかなかったのでどこかの死角にあったのかもしれない。見に行かれる方は注意されたし。

帰り道には宿の主人と農村について話した。「このあたりの農村では、老人が農業をしているだけで本当に貧乏、若者たちは都会に行っちゃって帰ってこない」という。なるほど日本の田舎も同じような状況だが、このあたりほど寂れているところは少ない。数十年後にはこのあたりの集落はどうなっているのだろうか。

霊境寺関連用語

それでは霊境寺に関連する中国語を見ておこう。

灵境寺
Língjìng sì
霊境寺
北魏孝文帝のころに創建された寺院。五台山中心部より南西の霊境郷にある。日本で最初に五台山へ入った霊仙三蔵の最期の地である。
景区外
jǐngqū wài
風景名勝区の外
景区とは観光地として区切られた場所のことで、普通は入場料がかかる。五台山ではこの入場料がかかる地域とかからない地域を景区内景区外という単語で区別していた。
口音
kǒuyīn
訛り
方言などの聞いてわかる訛りのこと。
huà
ことば
XX话のようにXXには地名が入ると、「XX地方の方言」という意味になる。
导航
dǎoháng
ナビ
主に車のナビゲーション・システムのこと。スマホの地図アプリなどによる徒歩のナビゲーションもこの語を使う。
野鸡
yějī
キジ
雉 zhìともいう。

以上、五台山のお寺めぐりその5(霊境寺)でした!

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