鎮江旅行記~金山寺と北固山~

前回に引き続き上海~江蘇省(鎮江・揚州・蘇州)の旅行で、今回は江南の文化都市・鎮江を訪ねた話を。

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上海から鎮江への行き方

上海から鎮江への行き方は簡単で、高速鉄道で数駅、わずか1時間20分の道のりだ。上海の高速鉄道は上海駅と上海虹橋駅から出ているが、私は上海駅から乗ることにした。

Ctripのアプリで上海から鎮江行きの高速鉄道の切符を見ると、最も安い二等席でなぜか109.5元の切符と75.5元の切符が出てくる。75.5元の列車は便が少ないものの、乗車時間は同じらしい。時間が同じなら安い方がいいということでこの75.5元の切符を買っておいた。

乗車直前になって気づいたのだが、切符には软卧代二等座と書いてある。乗ってみると中は软卧つまり寝台車だった。2段ベッドが2つあり4人が寝られるコンパートメントの席に6人で座っていくというスタイルのようだ。これは初めての経験だが、同じコンパートメントの中国人も「こんなの乗ったことない」と戸惑いを隠せない様子だった。

上段のベッドに寝ていると乗務員に大声で注意されるようだ。私のコンパートメントは6人全員座っていたがそれほど窮屈でもなかった。もし2人だけだったら寝て行けるなぁと思いながら、そうこうしているうちに鎮江南駅に到着した。

鎮江南駅は高速鉄道のためにできた新しい駅のようだった。路線バスに30分ほど乗ると市内中心部に到着した。

金山寺

上海から移動した日はいったん鎮江市内に泊まり、一晩休んで朝から金山寺へ行く。

鎮江は古くから栄えた都市で、三国時代には京口と呼ばれたり、隋の時代には潤州などと呼ばれていた。清の時代には全国に七つしかない四庫全書の蔵書閣の一つである文宗閣が置かれている。あの『馬氏文通』の著者である馬建忠も鎮江出身である。鎮江は歴史ある文化都市として有名だ。

観光地としては金山・北固山・焦山の京口三山が有名である。まず行ったのはこの金山。実はこの金山には12年前に来たことがあるのだが、当時の写真が残っておらず、記憶も曖昧になってしまっていたので再訪したという次第だ。

まずは入口で入場券を買って中に入る。8月は淡季 dànjì(オフシーズン)で1人50元だった。(逆のオンシーズンは旺季 wàngjìという)

メインはお寺であるのだが、敷地内全体が金山风景区と呼ばれており中はかなり広いようだ。

まずは新たに建てられた文宗閣を見てみる。オリジナルの建物はイギリス軍の攻撃や太平天国の乱により打ち壊されているため、現在の建物は2011年になって再建されたとのこと。今は文淵閣本の影印本が収められてるそうだ。

8月の猛暑の中、午前中でも外は35度を超えていたと思うが、文宗閣の辺りは公園のようになっており、木々の生い茂る日陰はわりと過ごしやすかった。

そして金山寺の中へ。正式名称は江天禅寺といい、創建は東晋時代、清代には普陀寺・文殊寺・大明寺とともに四大名寺1と称されたそうだ。

山門を抜けると大雄宝殿がある。近現代の戦火や文革を経ているだけあって、建物は新しい。

大雄宝殿の奥からはとたんに急勾配となり、角度のきつい石段を登っていくことになる。

迷路のような建物の入り組んだ道を進むと、江天一览という石碑のある場所にたどり着く。ここからの眺めはなかなか良い。記念撮影スポットにもなっているようだった。

北固山

金山寺を後にした次は京口三山のうちの一つ、北固山へ。

金山と北固山は5kmほど離れているため、路線バスでの移動が良いだろう。

北固山の入場料は30元。三国志好きの方々には有名かもしれないが、敷地内には甘露寺などの三国志ゆかりの場所が複数ある。山といっても大した高さではないが、このような上り坂を登っていく。

まず見えてくるのはこの甘露寺鉄塔。北宋の1078年ころからあるらしいが、もとからあるのはわずかで、明代に付け足されたものが大部分であるとのこと。

次に长廊と呼ばれる階段を上がっていく。勾配は緩やかで歩くのにそれほど大変でもない。脇に阿倍仲麻呂の歌碑があるので忘れずに見ておきたい。

この阿倍仲麻呂の歌碑は1990年末に建てられた。石碑の裏に彫ってある解説を読むと、次のように書いてある。

阿倍仲麻呂が日本への帰国を試みた際、揚州から出帆して揚子江河畔で「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」を読んだ。それを記念してこの鎮江の北固山に石碑を建てた。

また、近くに立ててあった解説によると、碑の額は中国仏教協会会長で書道家でもあった趙樸初、漢語部分は中国書法家協会主席の沈鵬、日本語部分は日本書道院院長の田中凍雲によって書かれたとのことだ。

长廊を抜け少し登ると北固楼という建物が見えてくる。古くから眺めの良い場所で有名だったらしい。建物の保存のためか、靴の上から靴カバーをかぶせて入っていく。

最上階からの眺めは素晴らしい。目の前に見える湖は金山湖と名付けられているそうだ。奥の方に細く見えるのが長江である。仏塔が建っている島のような小高い場所は焦山だ。しばらく長江をゆっくりと行き交う船を遠くから眺めていた。

魯粛墓

北固山のふもとに下りる途中に三国志にゆかりの場所がいくつかあるので、帰る途中に見ておきたい。まずは魯粛墓。12年前に来た時は言われなければ気づかないような奥まったところにあったと思うが、今は新たに石碑も立ち、屋根までついて豪華になっていた。

太史慈墓

次は太史慈墓。こちらも新たに石碑が立っている。

全体的に言って、ところどころに案内板が立ち、歴史的背景などが読んで分かるようになっており、ガイドなしでも見どころを楽しめるようになっていたと思う。時間の関係で焦山には行けなかったが、機会があれば再訪したいところだ。

おまけ:鎮江名物「鍋蓋麺」

鎮江名物といえばいくつかあるのだが、とりあえず食べてみたのはこの锅盖面。注文時に麺の太さが選べる。捞面かなんとかと聞かれたと思うが聞き取れなかったので聞き返したところ「粗的还是细的?(太いのか細いのか)」と言われたので「太いの」を選んだ。

カウンターで注文してそのままできあがるのを待つ。できあがったら自分でテーブルまで持って行くのだが、その際、ニンニクや香菜などのトッピングは入れ放題。太麺は少し固めだったかな。スープは醤油ベースで濃いめの味でうまかった。

以上、鎮江の旅行記でした!

脚注

  1. 金山寺設置の案内板による解説。この「四大名寺」について後日謂われを確認しようとしたが、出所不明。恐らく普陀寺は浙江省普陀山の普済寺、文殊寺は山西省五台山の殊像寺、大明寺は江蘇省揚州の大明寺を指していると思われる。

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