揚州旅行記~鑑真和上ゆかりの大明寺へ~

さて、前回の鎮江から揚州への行き方・帰り方についての続きで、今回は揚州の大明寺についての記事です。

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大明寺への行き方

大明寺は市内中心部の北寄りに位置する揚州の名刹だ。鑑真ゆかりのお寺として有名である。

揚州市内からの移動を考えた場合、5元で1日乗り放題の観光バス旅游观光车)があるので、他の名所を効率よく周りたいならばそれを買うと良いだろう。2017年8月時点の情報によると、なんとこの1日乗り放題の観光バスは4月・5月・9月・10月は無料だそうである。大明寺までの往復のみだったら片道2元(=往復4元)の普通の路線バスもあるため、そちらも考慮するとよいだろう。

1日乗り放題の観光バスはレトロな見た目でわかりやすい外観だ。前からの写真を撮り忘れたので後ろから。

揚州市内はシェアサイクルが数社(有名どころではmobikeもofoも両方)、サービスを展開していたので、このシェアサイクルを利用してもよいと思う。ただし、街中はたくさんあったけども大明寺側は台数が限られていたので、帰りの時は注意が必要である。

私は鎮江からのバスが痩西湖の南岸に到着したため、そこから1日乗り放題のバスに乗車した。8月なので5元が必要だった。痩西湖のバス停からは20分ほどで大明寺へ到着した。

大明寺を参拝

大明寺は7世紀隋代の創建で、8世紀の中頃に鑑真が住職をつとめていた。743年、鑑真は日本へ戒律を伝えるため渡日を試みるが、5度失敗。最後には両眼を失明してしまうが、754年に6度目の試みで日本へ到達する。759年の唐招提寺創建に関わるなど日本の仏教界へ多大なる影響を及ぼした。このため、揚州の大明寺の至るところに日中友好の文字が見える。

まず入口で入場券を買う必要がる。大人1人30元(平日月曜~木曜は20元)だ。

山門を抜けて大雄宝殿へ。明記はされてなかったが、この辺りの寺や廟はまず19世紀中頃に太平天国の乱の際に徹底的に破壊されている。その後、さらに文革での破壊を経験しているため、建物は新しい。

大雄宝殿の隣の建物に、中国共産党中央幹部と大明寺の関係がポスターのように展示されていた。左側は2007年に温家宝国務院総理(当時)が日本の国会で演説した様子が描かれている。他に日本の雑誌で、唐招提寺を特集したものなども並べられていた。

奥に見えるのは鑑真記念堂。中には唐招提寺所蔵の鑑真和上像(日本国宝)を模した像や遣唐使船の模型などがある。

この記念堂は、大明寺に設置してあった案内板によると、1963年に日中両国の仏教界が鑑真没後1200年を記念して大明寺の境内に建てることにしたとのこと。その後1973年3月に建設を開始し、同年11月に落成したそうだ。文革の期間中にこのような建物ができあがったのかと驚いたが、紅衛兵が猛威を振るったのは1966~1968年、日中国交正常化が1972年9月とすると、1973年3月から建て始めたというのも納得がいく。

鑑真記念堂の中に石灯籠がある。2007年に日本の国会で演説した温家宝の話の内容によると、唐招提寺にある石灯籠と一対になっているそうだ。唐招提寺の長老・森本孝順という方が火を灯したという話だが、中を覗くと確かに火が灯っていた。六角形の石灯籠の柱には「奉献大明寺鑑真大和上宝前 日本国唐招提寺八十一世孝順」と彫られている。ちょうど真後ろの面には温家宝の演説の一部抜粋が次のように黄金のプレートに刻まれていた。

「在揚州大明寺鑒真紀念堂,有一座石燈籠,是1980年日本唐招提寺森本孝順長老親自送來、親自點燃的。這盞燈與日本唐招提寺的另一盞是一對。這對燈火至今仍在燃燒、長明不滅。遙相輝映,象徵着中日兩國人民世代友好的光明前景。—— 摘至溫家寶總理2007年4月12日在日本國會發表的《為了友誼與合作》演講」

参考訳「揚州の大明寺にある鑑真記念堂に石灯籠がひとつあります。それは1980年日本の唐招提寺の森本孝順長老が自ら送り届け、自ら火をともしたものです。この灯火と日本の唐招提寺にあるもうひとつの灯火は一対であります。この二つの灯火は今もなお燃え続けており、長く消えることはありませんでした。相互に輝き合っていて、中日両国の人々の代々にわたる友好の明るい未来を象徴しています。―温家宝首相の2007年4月12日日本国会における『友誼と合作のため』演説より抜粋」

なお、鑑真記念堂に掲げられた案内板によると、記念堂の建物は梁思成(日本生まれの建築家、父は梁啓超)による設計とのことである。記念堂の入口脇には梁思成の胸像が立っていた。

さて、鑑真記念堂を後にし、一段下がった広場へ下りると、大きな仏塔が眼に入ってきた。案内板によると、棲霊塔という名前だそうだ。もとは隋代の創建時に建てられた9階建ての塔であり、李白や白居易なども登ったことがあるという。唐の武宗の時代、会昌三年(843年)の時に燃えてなくなり、その後は遺址となっていた。1993年から3年をかけて完成したというので、今の建物は1996年に建ったものと見てよいだろう。

棲霊塔に入るには別途入場料が必要となる。隣の鐘楼での鐘つきとセットで20元とのこと。中にはなんとエレベーターが!エレベーター付きの仏塔は世界初ではないだろうか。このエレベーターは2014年に設置されたそうである。高さは隋代と同じく9階あるが、エレベーターで行けるのは7階までだ。

エレベーターから降りると、ガラスのプレートを設置している現場に出くわす。欄干のような手すりだけでは危険なのだろう。しかしここだけでなく他にも改装しているような場所があった。

塔からの眺めは格別によい。大明寺の境内を一望することができる。奈良の唐招提寺金堂にそっくりの屋根も見える。

揚州の名勝地痩西湖もご覧のとおり。本当は痩西湖を散策しても良かったのだが、真夏の炎天下で38度近い気温であったため、ここから眺めるのみとした。

棲霊塔を下りてからは少し休憩をして鐘楼へ。鐘楼の受付の人に「鐘は三回つくといいよ、阿弥陀佛!」と言われたので三回ついてきた。

以上、揚州の大明寺を参拝した記事でした!

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