1950年代の文法論争1~中国語の主語と目的語~

中国の中国語文法学界では1950年代に3つの大きな論争がありました。「品詞分類」「主語目的語問題」「単文複文の境界」についての論争です。今回はこの中から「主語目的語問題」についてまとめてみました。

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中国語の主語と目的語

まず、中国語の文法における主語と目的語の基本的な知識について確認しておきましょう。

「中国語の文法は英語と同じ」とか「語順はSVO」といったことを入門時に聞いたことのある人は多いと思います。ところが、学習を進めていくと、この認識は間違っているのではと思えてくるようになります。

 英語:I have a pen.
 中国語:我有个笔。

これだけ見るとなんだかそっくりですね。では疑問文にしてみましょう。

 英語:Do you have a pen?
 中国語:你有笔吗?

もうここから既に英語と違いますね。英語と同じ文法なら「do」に相当する単語をもってきて「做你有笔?」とでも言わなければならないのですが、こんな中国語はありません。

さて、「語順はSVO」についてはどうでしょうか。「我爱你」を見れば一目瞭然、これは正しそうに見えます。ところが中国語では次のような言い方ができます。

我吃苹果。(私はリンゴを食べます)←SVO
我不吃苹果。(私はリンゴを食べません)←SVO
苹果我不吃了。(リンゴは私もう食べません)←OSV

中国語の語順は確かに基本的にはSVOなのですが、場合によっては目的語(O)を文頭にもってくることができます。

また、中国語の目的語は動作の対象を表わすだけでなく、他の様々な事柄を表わすことができます。次の例文は陸倹明(2013)『現代漢語語法研究教程(第四版)』北京大学出版社のP.7に挙げられているもので、日本語訳を私がつけたものです1

吃苹果(リンゴを食べる)←受事
这锅饭可以吃五个人(この料理は5人まで食べられる)←施事
吃大碗(大きなお椀で食べる)←道具
吃食堂(食堂で食べる)←方式
吃利息(利息で生活する)←手段
躲高利贷(高利貸しから隠れる)←原因
排电影票(映画のチケットのために並ぶ)←目的

上記の受事は動作の対象で、施事は動作の行為主です。動作主が主語になるのがふつうですが、中国語は目的語の位置に来ることもできるんですね。手段や目的などを表わす場合は英語の場合、前置詞など別の単語が必要となってきますが、中国語では目的語だけで表わすことができる場合があります。動作主が目的語の位置に来ることも英語にはない特徴ですし、中国語は単純にSVOの語順であるとも言えない理由の一つとして挙げられるでしょう。

1950年代の主語目的語論争

1950年代の中国文法学界で論争になった例文を見てみましょう2

这件事情谁肯干。(このことを誰がすすんでやろうとするというのだ)
台上坐着主席团。(ステージに主席団が座っている)
王冕死了父亲。(王冕は父を亡くした)

这件事情谁肯干。」はOSVの順になっている文ですね。中国語の語順を説明するときに「動詞の前に主語が来て動詞の後ろに目的語がくる(つまりSVOの順になる)」と言うと、たちまち説明できない文に遭遇してしまうのですが、この文もそのいい例になっています。この文については多くの学者が「目的語+主語+動詞」の構造であると主張していましたが、一部で「主語+主語+動詞」であるという主張も見られました。

二つめの「台上坐着主席团。」は学者によって主張が大きく割れた文です。場所を表わす「台上」が文頭に来てその次に動詞「」、それからアスペクト助詞「」が来て最後に施事(動作主)の「主席团」が入るという語順ですね。この構造がそれぞれの論者によってどのように説明されたか、次の表で確認してみましょう。

構造呼称主張者
1動詞+目的語黎锦熙《新著国语文法》|王力《中国现代语法》|吕叔湘《语法学习》
2主語+動詞+目的語動詞述語文语法小组《语法讲话》|张志公《汉语语法讲话》|洪心衡|肃父|邢公畹|任銘善|祝孔嘉
3状語+動詞+主語倒置文(変式)王宗炎|曹伯韩|张其春|王了一(王力)|H.贾布基娜
4状語+動詞+目的語無主語文徐仲华|高名凯
5主語+動詞+主語反賓為主文黎锦熙
6主語+動詞+補語陈望道|李人鉴|陈仲选

状語はいわゆる連用修飾語のことで、状況語ともいいます。それにしてもバラバラですね。意味を考えてみれば「」してるのは「主席团」なのだから、「主席团」が主語と言って良さそうで、確かにそのような主張もありました。一方で「動詞の後ろは目的語である」という前提を堅持した場合、たとえ動作主であろうとも位置的に目的語とすべきという主張もあったようです。

三つめの「王冕死了父亲。」は「王冕」という人が父親を亡くした、つまり文の意味としては「」したのは「父亲」ということです。しかしこれも「王冕」を主語、「父亲」を目的語をと考える人、および「王冕」を大主語、「父亲」を小主語と考える人(つまり大小の違いはあれど両方主語と考える人)の二つに分かれました。

結局、結論はというと皆が一致した見解に達するということにはなりませんでした。意味の上から考えると動詞の前後にある体言には、施事(動作主)・受事(動作の対象)の関係からも明確に断定できない複雑な状況があるという認識に至ったのみです。

現代の文法書における解説

結論が複雑な状況があるじゃ学習する方はたまったものではありませんね。それでは現代の文法書ではどのような解説になっているのでしょうか。「台上坐着主席团。」の例(つまり場所+動詞+“着”+動作主の文)がどのように説明されているか見てみましょう。

まずは丸尾誠(2010)『基礎から発展までよくわかる中国語文法』アスク出版3です。

29 存現文

「場所+動詞(V)+人/物」の形で、存在および出現・消失などの現象を表す文を存現文といいます。以下、タイプ別に挙げておきます。

(1)存在
[1]Vが“有”のとき
墙上有一幅画儿。[壁に絵が1枚ある]
[2]この“有”の代わりにp.126-17でみた持続を表す助詞“着”を動詞に付加した“V着”の形を用いることによって、より具体的な描写が可能となります。
墙上{贴着/挂着}一幅画儿。[壁に1枚絵が{貼ってある/掛かっている}]
公园里种着很多花。[公園に花がたくさん植えてある]
店里坐着不少客人。[店の中には大勢の客が座っている]

↑特にどれが主語で目的語でというような解説はありません。[2]に3つ例文がありますが、前2つと最後の1つは明らかに異なる点があります。前2つは動詞+の後ろに「一幅画儿」と「很多花」が来ておりますが、「贴/挂/种」を他動詞と捉えた場合この2つは動作主ではありません。誰かが絵を貼った(掛けた)か、誰かが花を植えたのであって、絵が一人でに壁にかかったわけでも花が勝手に植わったわけでもないのです。一方で最後の1つは動詞+の後ろに「不少客人」がありますが、これは動詞「」の動作主で、座っているのはまさに「不少客人」です。この違いには注意が必要ですね。

次に三宅登之(2012)『中級中国語読みとく文法』白水社4です。

存在文と現象文が存現文として1つのカテゴリにまとまる理由はその語順にあります。通常の動詞述語文では、日本語に訳した場合「が格」にあたる動作の主体は主語の位置、すなわち文頭に置かれるわけですが、存現文では主語には場所が来て、「~が」にあたる動作の主体は、動詞の後ろの目的語の位置に置かれるのです。これが他の一般の動詞述語文と異なる存現文の大きな特徴です。(中略)存現文とは、「誰が何をした」という視点ではなく、観客席から舞台の展開を眺めるように「どのようなことが起っている」という視点で述べる表現なのです。

↑この解説から、著者は明らかに「主語+動詞+目的語」の構造であると捉えていることがわかります。

最後に中国の文法書、劉月華・潘文娯・故韡(2001)『実用現代漢語語法(増訂本)』商務印書館5を見ておきましょう。

(二)存在句的语法特点(存在文の文法特性)
1.句首的处所词语(文頭の場所語句)
2.存在句的动词(存在文の動詞)
3.存在句的宾语(存在文の目的語)

↑文章が長いので小見出しだけ抜粋しました。解説の中では主語についての言及は見当たらなかったのですが、動詞の後ろは宾语、つまり目的語と捉えているようです。動詞の後ろが動作主になる例文としては「屋两端的角落里和门口,挤着一些热心的群众。」が挙げられており、後ろにカッコ書きで「群众挤着」とありました。つまり「」してるのは「群众」ですよと注意書きがしてあるのですが、それ以上踏み込んだ解説ははないようです。

まとめ:中国語の主語・目的語

「まとめ」と言ってみましたがどうやらまとまりそうにありませんね(笑)。とりあえず今言えることは「中国語の文法は英語と同じ」とか「語順はSVO」といった言説はあまり鵜呑みにしない方がいいということです。ただ単に「目的語」と言っても表す意味の範囲は広いこと、また主語より前に目的語が来たり、通常主語と考えられる動作主が動詞の後ろに来たりすることもあり得るということを知っておくとよいでしょう。

以上、中国語の主語目的語論争の紹介でした!

脚注

  1. 陆俭明(2013)《现代汉语语法研究教程(第四版)》北京大学出版社:北京大学出版社ウェブサイトの書籍紹介ページ。この他にも手に入れやすいものとしては荒川清秀(2003)『一歩すすんだ中国語文法』大修館書店がある。荒川(2003)の第1章と第2章は動詞と目的語の組み合わせ、目的語の機能の説明に詳しい。
  2. 本節は邵敬敏(2010)《汉语语法学史稿(修订本)》商务印书馆のP.176~180を参照してまとめたものです。
  3. 丸尾誠(2010)『基礎から発展までよくわかる中国語文法』アスク出版のP.164より。
  4. 三宅登之(2012)『中級中国語読みとく文法』白水社のP.192~193より。
  5. 刘月华、潘文娱、故韡(2001)《实用现代汉语语法(增订本)》商务印书馆のP.721~724より。

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